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第4話 噴水の邂逅

作者: けもこ
last update 公開日: 2026-07-09 00:12:26

夜会から数日後の昼。

グーテローワン家の庭では、茶会が行われていた。

セオドアは、うっすらと笑みをたたえた表情を顔に張り付けたまま、同じテーブルに座る女性の様子を観察していた。

「閣下は、お休みの日には何をされておられますの? 鹿撃ちなどをされるのでしょうか? こう見えて私は、父に銃を教えてもらいましたからご一緒できると思いますわ」

金髪に赤い小さな花をあしらって、襟ぐりの深い薄桃色のドレスを来た女性が、微笑みながら話しかける。

「そうですね。楽しんでするというよりは、食料としての鹿を撃ちに行くことはありますよ。よろしければぜひご一緒したいですね」

そう返すと、まぁ、ぜひ、ご一緒したいですわ、と頬を染めて頷いた。

「閣下は、大変な読書家だと伺いましたわ。どのような本を読まれますの? 私、これでも哲学書のたぐいは、かなり読んでおりますわ。お話が合うのではないでしょうか」

明るい茶色の髪を高く結い上げた女性が、扇子で口元を隠しながらそう話しかける。

「本はよく読みますが、主に実用書を好んで読みます。経済書や兵法などですね。読書家というわけではなく、仕事で必要な知識を得るためです。哲学書がお好きでいらっしゃるとは、造詣が深くていらっしゃるのでしょうな」

目の前の女性は耳を赤くして、そんな、と照れた表情をした。

アビゲイルが今日の茶会に呼んだ女性は、先日の夜会でダンスを踊った女性たちの中で、比較的印象の良かった女性たちだった。

右側がロイル伯爵令嬢で左側がニトウィック子爵令嬢だ。残念だがファーストネームは忘れてしまった。雰囲気は悪くないし、それなりに話もできそうだ。

二人の女性を見ている目の端で、庭園の隅の方を子どもたちと家庭教師らしき年配の男性とともに歩くローティシアの姿を捉えた。

いつものようにくすんだ灰色の服を着て、白銀の髪をまとめ上げている。噴水の近くでどうやら子どもたちと船を浮かべて遊ぶつもりのようだ。

子どもの一人が、浮かべた船が流れていくのを捕まえようとして、噴水のヘリから手を伸ばしバランスを崩した。とっさにそれを助けようとして、その体を掴んだひょうしに、彼女自身が噴水の中に肩から落ちてしまった。

ばしゃん!

大きな音に驚き、一緒にいた女性たちやクロード夫妻も噴水の方を見た。

しかし、それよりも早くセオドアは、噴水に向かっていた。

◇◇◇

「僕とブルックの船だと、どっちが早く進むかな!絶対僕のだよね。だってさ、帆をブルックのより大きくしたんだ」

ブルーノが手作りの帆船を持って得意げに言う。

「大きいと沈むんだから! 帆がちっちゃくても、軽い船の方が早いにきまってるだろ!」

競うようにブルックが、自分の船を目の前に持ってくる。

「さぁさぁ、それは実験して確認してみましょうなぁ」

年配の教師が、ニコニコとしてそう声をかけながら歩く。

この髭の家庭教師、ボウフマンは実に良い先生だ。彼は、主に数学や理科を中心に、子どもたちに興味が湧くような授業をしてくれる。

今日は、物の浮き方と進み方についての実験をする予定になっていた。

子どもたちと一緒に家庭教師の授業を聞いていると、自分もいろいろなことを知ることができてとても楽しい。

噴水の傍に来て、それぞれの船を浮かべてみる。水の流れに沿って船が動く。

「ほら!僕の方が早いよ!」

ブルックが得意げにローティシアに笑顔を向けた。それを見てブルーノがムキになる。

「ブルックは、僕より先に船を置いたから当たり前じゃないか!もう一回やろうよ」

そう言ってブルーノが流れていく船を取ろうと噴水のヘリから体を乗り出した。小さな体がバランスを崩すのを見て、ローティシアは咄嗟に脇を掴んで、起こそうとした。

その拍子に自分が手を滑らせ、噴水の底に手をつくようにして大きな音を立てて上半身を水の中に落としてしまった。

苦笑いしながら体を起こそうとした瞬間、誰かに強い力で腰を引っ張り上げられた。

「怪我はしていないか?」

低く重たい声でそう言われ、驚いて顔を上げると、先日応接室で見た黒い瞳が自分を見下ろしていた。自分を抱き上げたせいでそのシャツとズボンが濡れている。

「あ、の、申し訳ありません。濡れてしまいますわ」

驚いて体を離すと、その黒い瞳がローティシアの全身をなめるように見る。肩から落ちたのでまとめていた髪が濡れて片側に落ちてしまっている。

「お助けいただきありがとうございました。ケガはございません。閣下のお召し物が濡れてしまいました。申し訳ありません」

そう礼と詫びを同時に言うと、膝を折って精いっぱいのお辞儀をした。

「こんなところでいったい何をしているの、ティッシュ! さっさと子どもたちを連れて部屋へ戻りなさい」

アビゲイルの苛立たしげな声が、自分の前に立つ閣下の背後から聞こえる。

「大事なお客様がおられるというのに、どうしてこんなところで子どもたちと遊んでいるのよ!」

「申し訳ありません。子どもたちと実験の約束を随分前からしておりましたので‥‥」

「言い訳はいいから、さっさと子どもたちを連れて部屋へ戻って。まったく、本当に空気の読めない子ね。閣下、申し訳ありませんでした。お召し物が濡れてしまいましたわ」

閣下がアビゲイルに向き直ったの見て、軽く頭を下げて体を引き距離を取った。

「お客さまがお庭にお見えなの。実験の続きは今度にしましょうね」

船を子どもたちに持たせて、そう言い聞かせ、その場を離れようとしたとき、肘を掴まれた。

「いっ‥‥」

するどい痛みがあって思わず声が漏れる。見るとさっき噴水に手をついた拍子に肘のところをしたたかに打ちつけて、すりむいてしまっていたようだ。服の上から血がにじんでいた。

「怪我をしている。手当をしてもらいなさい」

ローティシアは、自分を心配するその低い声になぜだか腹の奥がそわそわするように感じた。

「お、お気遣いいただきありがとうございます」

そう小さく返すと、そっと手を引っ込めて、会釈をして子どもたちと部屋へと向かった。その間も体の芯が熱いような感覚が収まらなかった。

こんな風に人に心配してもらうのは久しぶりだ。

この家に来てからは初めてではないだろうか。だからこんな気持ちになるのだ。ドキドキと鳴る自分の心臓の音の理由をそう意味づけた。

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